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前世記憶持ちの黎夕モンペ水月さんが二人をくっつけようと画策する話
お久しぶりです。生きてます。
原作19巻ドラマ CD付き に水月さんがついに登場するというニュースに浮かれまくってとても久しぶりに小説を書きました。

※現パロです。気をつけてください。
※水月さんは黎夕をくっつけようとするけど、気持ちは水x夕で書き始めました
※全てが捏造なので自己責任でお進みください。
※ノリで書き始めたので続かない可能性大


続きからどうぞ
ーーーーーーー
柳方淵は、目の前でサーモンとほうれん草のクリームスパゲティをいつまでもフォークにくるくると巻きつけたまま口に入れようとしない同僚を見ていた。彼の口は珍しく忙しそうに動いているがその内容は柳方淵の耳には入ってこない。

少し遅めのランチタイムで、カフェの中はノートパソコンに向かっている何人かの会社員と、このまま数時間は動かないであろう女性の2人組、就職活動中なのか真っ黒なスーツに身を包んでいる学生が座っているぐらいで、混み合ってはいなかった。

先ほどから同じ話、もっと言うと先週から同じ話しかしていないから、改めて聞く必要がないと判断して、耳がシャットダウンしてしまうのだった。それよりも今日耳にした、全社員にスマートフォンを配布するという会長の計画を役員に承認させるためのストーリー展開を考えるほうに頭が忙しかった。そうは言いつつも柳方淵はきちんと前方に注意を払っており、必要なときに水月に声をかけた。

「来たぞ」

氾水月の指がぴくりと反応する。
カウンタースペースの裏側にある「Staff only」と書かれた通用口から、若い女性店員が入ってきた。その場にいる店員や客に挨拶を口にすると、その場がぱっとエネルギーに溢れるような明るい娘だ。

氾水月がこういう、一歩間違えればうるさいとか、落ち着きがないとか、若干女性らしさにかけると思われそうな雰囲気の自分より相当若い女を好むとは、少し意外だなと思うのだが大した関心ごとではなかった。柳方淵の関心ごとはそれよりも、この氾水月が、自分がこの女性店員に惚れているくせにそれを誤魔化すかのようにして認めないくせにストーカーのように連日カフェに通ってなにもしないまま時を過ごすという無駄な行動をしている点だった。

カフェの店員に惚れたなら勝手に1人で口説けばよいものを、なぜ自分までもが巻き込まれなければならないのか到底理解できなかった。

水月はレジについた女性店員をじっと見つめており、ぶつぶつと何か呟いている。時々「やっぱり間違いない」とか「へいか」とか「おきさきさま」とか、気でも触れたかと思うようなファンタジーな単語が聞こえてくる。

方淵はちら、と店員に目を向けた。ピンクがかったブラウンのロングヘアは後ろでポニーテールに結われており、動くたびに本物の馬の尻尾みたいに揺れている。明るい栗色の瞳は丸く、好奇心旺盛そうな輝きに満ちている。誰かが入り口前を通り過ぎるたびにセンサーのように反応する様子は野うさぎか何かのようだった。

「おい、氾水月。話しかけるなら早くしろ。昼休みが終わる。それからいつまでも食べ物で遊んでいないで、食べないならフォークを離せ」
「まだ確証が持てないんだ。なにか決定的な証拠があれば良いんだけど」

先週もそうやって意味の分からない言い訳を述べながら、水月は何もしなかった。そして毎回自分がここへ一緒に連れてこられることも意味が分からなかった。一度、彼女に見覚えはないかと聞かれて、何度か会議室にコーヒーを届けてくれたことがあったので、顔くらいは見たことがあるような気がすると答えてしまったばっかりに、この無駄な時間を何度も過ごしているのだった。

「貴様はあと何回そうやってぐずぐず言いながらでくの坊をやるつもりなんだ。お前の顔なら連絡先くらいは聞ける。自信を持て早くしろ」
「そうだね。私のことを覚えてくださっていたら話が早いんだけどそんな様子もないし……」
「知るか。覚えてないなら今から覚えてもらえ。さっさと名刺を渡して来い。いいかげんにしろ。付き合ってられるか!」

氾水月とにかく労働が嫌いで、フレックス制度を社内で最も有効活用している男だが、仕事はできるはずなのだ。その上顔が良くて物腰が柔らかいので社内の女子社員からは人気があるほうだが、全くその女性たちには興味を示さなかったというのに、恋をしたかと思ったらこのぐだぐだである。つい口調が荒くなってしまい、周囲の客が方淵を見ているのが分かった。方淵は一旦深呼吸をして自分を落ち着かせる。昼休みはあと30分ほどある。永遠にも感じられたのに、意外と時間は経っていなかった。

「おい…」

ぼんやりと考え込んでいる水月を目の前に、方淵は怒りを通り越して少し心配になってきて、短く声をかける。何がこれほど水月をとどまらせているのか分からないが、そんなに声をかけるのが怖いなら、代わりに名前を連絡先くらい聞いても良いと譲歩するつもりだった。この後も何回もあの女性店員の話に付き合わされたり、このカフェに連れてこられたり、ぼんやり考え込んで手が止まっている水月の尻拭い押したりするよりは、そのほうがマシだと思えた。

「おい、氾水月」
「あの、お客様」

方淵が水月の目の前で手をひらひらと動かしたのと、横から鈴のような声が聞こえたのは同時だった。

驚いて声のしたほうを見ると、そこにいたのは水月を数週間前から腑抜けにしてしまっている元凶の女性店員だった。

「お客様、申し訳ありませんが、他のお客様のご迷惑となりますので少し声のボリュームを落としていただきたいのですが」

大人になってからそんなことを注意されたのは初めてだったので、方淵は気まずさから少し顔が熱くなるのを感じた。昨今のカフェでは店員には名札をつけさせないのか、近づいても名前は分からなかった。

「すみません、少し盛り上がりすぎてしまったようで」

水月が先ほどまでの腑抜けっぷりとは裏腹ににこやかに答える。店員もそこまで強く言うつもりはなかったらしく、男性二人と向き合うことに緊張していたのか少しこわばっていた面持ちはすぐに和らいだ。

「ほどほどにお願いしますね」
「はい」

その時柳方淵の目は、水月が自分のアイスレモンティーのグラスを少しだけテーブルの端に寄せたのを見ていた。
店員が小さく会釈をして、くるっと向きを変える。その瞬間に勢いよく舞ったエプロンの紐がストローに引っかかり、レモンティーのグラスは氷のせいで大げさな音を立てながら転がった。レモンは水月のベージュのスラックスの上に乗っている。

ここまでするか……と柳方淵は内心ドン引きしながら事の行方を見守る。店員は案の定真っ青な顔をしており、かわいそうに口を閉じたり開いたりしている。呆然としていた店員の目にさっと生気が戻ってきた。

「申し訳ございません!い、今タオルをお持ちしますので!」

ウサギのように跳ねて、店員がカウンターの方に戻る。水月は呼び止めようとしたようだが、店員の動きの方が緩慢な水月よりもずっと早かった。

「やりすぎだ」
「何が?」

水月はとぼけた顔をしている。少々変わった同僚だという意識はあったが、こいつは危ないやつなんじゃないか、と方淵の頭が警鐘を鳴らす。ただ真面目にバイトを頑張っていただけなのに、このように奇妙な男に言い寄られて、きっと今頃は責任者に怒られているであろうあの店員が哀れでならなかった。

「お客様、こちらをご利用くださいませ!本当に申し訳ございません」

柳方淵がどうしたものかと考えているうちに店員が戻ってきた。手には必要以上の白いタオルが握られている。

「いえ、私の置き場所が悪かったので、気にしないでください」

水月が穏やかに微笑むと、店員はますます申し訳なさそうな顔をする。何を白々しい、とつい方淵は水月を睨む。これ以上何かするようだったら自分が止めるしかない。この男を犯罪者にする前に何とかしなくては、と言う使命感が湧いてくる。

「あの、このビルの方ですよね?クリーニングに出させていただきたいんですけど、お仕事中にお預かりはできないですよね……失礼でなければクリーニング代をお出しするんですが」
「ああ、大丈夫です。もう戻らないといけませんし。そろそろ時間だよね?」

水月が不審なことをしないか睨んでいた柳方淵だが、突然声をかけられて反射的に時計を確認する。ミーティングの15分前。そろそろランチは切り上げてオフィスに戻る必要がある。

「ああ、そうだな」

柳方淵はコートと財布を手に持って、すぐに準備を終えた。

「え、でも……」

店員が戸惑った様子でいるが、水月は念を押すように大丈夫と口にした。わざとレモンティーをこぼさせたくせにやけにあっさり引き下がるなのが不自然だ。一体何を企んでいるんだ?それとも、まさかグラスを動かしたのは偶然で、全て自分の勘違いだったのだろうか、と柳方淵は一人納得いかない表情を浮かべた。

「また来ますね」

それが最後の挨拶となり、水月がさっさと前を歩いて行ってしまうので、方淵もあとを追うようにして外に出た。

「名前を聞かなくてよかったのか?」
「うん、もう分かったから大丈夫だよ」

名前なんて聞かなかったくせにどういうことだ、とやはり柳方淵は納得できない表情でエレベーターに乗った。





珀黎翔はエレベーターホールにて、肩を一周ぐるりと回した。年に一度ホールディングスの幹部や幹部候補生が集まる総会を前にリハーサルを終えたところで、少しばかり肩に力が入っていたようだった。

この後は経営企画部との久しぶりのミーティングだったはずだ。会長直属の部署である経営企画部は既存の事業にとらわれない枠組みで動く、いわば黎翔にとっての便利屋みたいな部署で、資料集めや事務仕事、新規事業の企画推進補助、社内向けの施策や広報的なことまで、黎翔が望むことを形式にとらわれずに遂行する部署だ。

忙しい黎翔は彼らとのやりとりをほとんどチャットツールで済ませてしまうので、実際に顔を合わせるのは少し久しぶりだった。彼らとのやり取りは気軽なものだから、午後は本来の自分らしく伸び伸び過ごせそうだ。

頼んでいた案件をいくつか思い出しながら、上行きのエレベーターランプの点灯を待つ。すぐに電子音と共にオレンジのランプが点灯したので、一歩踏み出そうとすると、後ろから突撃を受けた。

「……っ!」

あまりの衝撃に驚いて後ろを見ると、黎翔の後ろには床に座り込んでいる女性がいた。緑のボーダーが入った黒いエプロンと白いシャツには見覚えがある。この自社ビルの1階に入っているカフェの店員だろう。

「す、すいません!」

黎翔に激突した店員は身軽な動作で立ち上がると、体を90度に曲げて謝罪した。

「……私は大丈夫だが君は?怪我はないか」

店員が思ったよりも幼いことに気づいて、黎翔はしかめっ面を少し和らげて訪ねた。女性というよりは少女と言った方が良さそうな年齢だ。手には男物のカードケースのようなものが握られている。大方客の忘れ物を慌てて届けに来たといったところだろうか。

シンプルなベージュのカードケースに見覚えがあり、黎翔は少女からそれを取り上げる。中を見ると案の定見慣れた顔の免許証が入っていた。

「ああ、やはり……」
「ちょっと!」

黎翔の目の前を少女の手が横切る。とっさに避けてしまうと、少女はその勢いのままフラフラとバランスを崩すので、黎翔は彼女が倒れないように支えてやらなければならなかった。

「あ、ありがとうございます」
「いや」
「あの、助けていただいたことにはお礼を言いますけど、人が持っているものをいきなり奪うなんて、ダメですよ!返してください」
「これは私の知り合いのものなんだ。私から渡しておくよ」
「え?そうなんですか?」
「ああ」
「でも……」

少女は疑わしげに黎翔を見ている。責任感と、黎翔に渡した方が確実なのではという思いの間で揺れているのだろう。何しろこのエレベーターホールで追いつけなかったのなら、もうこの先どこへ行っていいか彼女には検討もつかないはずだ。できることはせいぜい警備員に届けるくらいだろう。

「この持ち主とはこれからミーティングなんだ」

黎翔がそう伝えても、少女は納得していないようだった。別にこのまま彼女にカードケースを戻してしまっても良いのだが、何かと格闘しているように顔色を変える少女を見ていると面白くなって来て、黎翔は短く笑いながら、提案した。

「確か君のところではコーヒーの配達もしていたな。コーヒーポットを1つこのビル23Fのミーティングルーム7まで頼む。会計はあとでするから店長にこの名刺を渡して説明してくれ。そこにカードケースの持ち主もいるから一緒に持って来たら良い」
「え?!」

有無を言わせず告げると、黎翔は名刺を押し付け、そのままエレベーターに乗った。呆然としている少女の顔がエレベーターの扉が締まりきる直前まで見えていた。



夕鈴は銀色のコーヒーポット、シュガーやミルク、マドラーが入った紙袋、そして本日テーブルに置きっ放しになっていたカードケースを手に持って、エレベーターを上がっていた。

バイト先のカフェは夕鈴の通っている短大から程よく近く、オフィス街にあるのでシフトは平日ランチタイムからがピークで、夕鈴は授業がない日はランチタイム、それ以外はアイドル〜夕方を担当する。土日や早朝には別のバイトも入れることが出来る上に、時給も良い。接客バイトは他にも色々経験して来たから慣れているし、都心のオフィス街にあるカフェは客層もよくて、これまで夕鈴はトラブルらしいトラブルなんて経験したことがなかった。それなのに、今日はお客様の服にドリンクをこぼしてしまい、その上忘れ物を届けることに失敗して落ち込んでいた。追い討ちをかけるように、先ほど夕鈴がぶつかったのはこのビルのオーナーである白陽ホールディングスの会長珀黎翔であると店長から言われて、怒らせてしまったのではないかとビクビクしている。白陽ホールディングスといえばエネルギーや不動産をはじめ、最近は製薬や化粧品、飲食系までかなり幅広く手を広げている。そこの会長ともあればただの学生である夕鈴が関わるような人物ではないはずだ。

これまで一度も上がったことがないオフィスエリアに足を踏み入れるとあって、夕鈴は緊張で心臓が強く脈打っているのを感じた。コーヒーは注文通りに持って来たし、カップや備品などの忘れ物もない。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせるように呟いた。

エレベーターを降りるとただの廊下で右も左もわからない。うろうろしているうちに受付を見つけて声をかけると、ミーティングルームの場所を教えてもらえた。ピカピカの床に眩しい蛍光灯、通り過ぎる人が全て見知らぬ大人。緊張しながら部屋の番号を確かめていくとあっという間に7番の前に来てしまった。

到着したものの気軽にノックできるような雰囲気ではない。隙間なく閉じられた扉は夕鈴のことを拒否していて、すりガラスの向こうに見えるドアにはほんの少しだけ棒グラフの頭みたいなものが見えていて夕鈴にはさっぱり理解できない。ここで引き下がるわけにもいかず、うろうろと入り口前を行ったり来たりする。

「ええい、女は度胸!すいません!」

夕鈴はラチがあかないこの状況に終止符を打つべく、自分に喝を入れて、扉に向かって拳を築き上げた。

「っ……おっと」

夕鈴が振り上げた拳は扉を叩くことはなく、その先にいた人物の胸元に向かっていき、どん、と鈍い音を立てる。

「え?!」

思ったよりも柔らかい感触に夕鈴は驚きに目を見開いた。もっと驚いているのは目の前にいる社員らしき男性で、大きな猫目がパチパチと瞬きを繰り返しながら夕鈴の姿を確認する。

「ッハハハ、どんだけ気合い入れてノックすんの?」
「す、すいません」
「別にイイけどネ。コーヒーこぼさないように気をつけて」
「魔法瓶なので大丈夫です!」
「そういうことじゃないけどネ〜。まあいいか」

ケラケラと軽快に笑いながら、扉を開けてくれた。夕鈴は促されるままに会議室の中に入る。一歩進むと先ほどの珀黎翔と目があった。思わずお辞儀をすると黎翔は音を出さずに口の動きだけでお礼を言った。

「李順、皆に配ってくれ」
「はぁ、コーヒーですか?すみません、私が受け取りますね」
「ありがとうございます」

メガネをかけた李順と呼ばれた男性が前に出て、夕鈴からコーヒーポットや備品を受け取る。コーヒーなら社内にあるのになんでわざわざ……と聞こえたが、聞こえないふりをした。きょろきょろと視線を動かすと、少し驚いている様子の男と目があった。

「あ!」

短く喜びの声をあげ、夕鈴は口元を慌てて隠し、水月の方に歩み寄る。

「あの、『氾水月』さん、先ほどはすみませんでした」
「気にしないでください。それにしても、偶然ですね」
「色々あって……実はこれを渡しに来たんです」

夕鈴はポケットに入れていたカードケースをさっと取り出した。

「おや」

水月は自分のポケットやジャケットを確認してから夕鈴に向き直った。

「忘れてしまってたんですね」
「椅子の上に落ちてましたよ。すみません、中身見てしまいました」
「構いません。ありがとうございます、夕鈴さん」

水月が優しく笑ってくれたので、夕鈴も笑顔を返す。コーヒーが全員に渡ったことを見て、空のポットを受け取った。

「ご利用ありがとうございました。失礼致します!」

マニュアル通りにお礼をして、夕鈴は会議室を後にした。




「お前が忘れ物をするとは珍しいな」

会議室を出た瞬間に黎翔に話しかけられ、水月はヒュッと体が跳ねそうになるのを堪えて短く返事をした。

「そうでしょうか」
「ああ、一緒に働き始めてから見たことがない」

水月の表情から、何かを読み取ろうとする黎翔の視線に居心地が悪くなってくる。目線を逸らしたいところだが、そんなことをすると詰め寄られることが分かっているので、水月は一生懸命黎翔の瞳を見ているように見えるよう、鼻の頭あたりを見続けた。

「なにやら最近腑抜けていると思っていたが、今日は戻ったな」
「……申し訳ありません」
「今日も戻らなければ何か手を打つつもりではいたが、気のせいだったと思おう」
「恐れ入ります」

これ以上立ち話をしていても時間の無駄だと判断したのか、黎翔は数秒だけ追加で水月を見つめた後、ふと興味を失ったかのように方向転換してエレベーターの方への向かった。

「はー、怖かった」

黎翔の姿が消えると、水月はため息をつきながら呟いた。白陽国の国王として一国を治めていた時と違って、現在の黎翔は人を殺すような目つきをすることは少ないのだが、それにしたって纏う空気が恐ろしい。
この平和な国にあっても水月は黎翔と向き合うと命の危険を感じて震えてしまうのだった。

「お前は、また会長を恐ろしいなどと言ってるな」

後ろから聞こえてきた呆れるような声に驚いて振り返る。機嫌の悪そうな方淵が立っていた。水月は、自分に前世らしき記憶があることを誰にも告げていない。自分の人格も時代背景が違えば多少異なるし、その周りの人物もしかりだ。

この方淵に関しては、後ろで結っていた長髪はなく、口調も多少穏やかになっている。ただ黎翔に対する崇拝にも似た気持ちは現世でも続いているようだった。黎翔の為せる技なのか、彼の周りには白陽国の時代に彼の周りにいた人が、年齢を多少変えつつも集まっている。水月がこの会社に入社したのも黎翔を知る前で、その頃には前世の知り合いが一人もいないので全ては夢だと思っていたのだが、黎翔と出会ってからは方淵、李順の他にも宮廷にいた官吏や大臣、姿だけを見たことがある武官まで、様々な人物と鉢合わせて、ただの夢ではないのだろうと感じるようになった。

そして、何かが足りないなと思いながら過ごして数年、やっと水月はその足りないものを探し当てた。それがこのビルの1Fでアルバイトをしている汀夕鈴だ。狼陛下と呼ばれていた黎翔にただ一人愛された唯一の妃。彼女さえいれば、黎翔の醸し出す冬の大吹雪みたいな空気も多少は和らいで、水月は現世でも平和に暮らせるようになるはずだった。

水月が計画したよりも何らかのドラマチックな出会いをして、ここまでコーヒーを運んでくれることになったようだったので、出だしは順調だ。ここまで前世の人間を偶然集めた黎翔の力と、前世との関係がそれほど変化していないことを考えれば、あとは自動的に二人の距離は縮まって、そのうち深い仲になっていくことが容易に想像できた。

もちろん水月は必要な補助は惜しみなく提供するつもりだ。前世ではどのような経緯で夕鈴が王宮に入ることになったのかよく知らないので同じように出会わせることはできなかったが、ひとまず邂逅を果たして仕舞えばこちらのもの。

「恐ろしいものは恐ろしいのだから、仕方がないよ」


小言を言い始めた方淵の言葉を聞き流しつつ、水月は次の計画を練り始める。


「まあ、それも後しばらくの辛抱だけれどね」

お妃様が近くにいたところで恐ろしいものは恐ろしい。けれどいない時よりは1000倍くらいマシ。前世から多少柔らかさを携えた黎翔の隣に夕鈴がいれば、水月は自分の快適ライフが保証されたも同然だと妙に自信が湧いてくるのだった。
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