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おもう3
登場人物 水月、夕鈴、など
カップリング 水月x夕鈴

・おわりました
・使いたかったシーンが書けたので満足です
・ほんとギャグにしかならん

つづきからどうぞ


水月が思ったより夕鈴の返事は早くて、
緊張した面持ちでやってきた夕鈴は開口一番に、
「よろしくお願いします」と言った。
どのような形の返事になるか分からなかったため、
様々な想像をしておいたが、
夕鈴は思ったよりも悩まなかったようだった。
水月は夕鈴にとって大切なものを保護するつもりであることは伝えたが、
それを丸々信じるかどうかは夕鈴次第だった。
提示した理由が夕鈴にとって納得のいくものではないのなら、
この選択肢は大きなリスクを背負うことになると感じるだろうが、
悩む時間の少なかったところを見ると、
水月は、少なくとも自分を信頼に足る人物と思わせる点においては、
失敗していなかったことが分かった。
盛大に宴などを催してしまうと、
外の人間を呼ばざるを得なくなり夕鈴の存在が露呈してしまうため、
家族が集まって挨拶をするに留まった。




水月が突然妻を迎えると発言したとき、
氾史晴は人生で初めて、
驚いて飲んでいた茶を吹きそうになった。
それでも水月の表情は変わらなかった。
史晴がどんな形で相手を見繕ってきても、
一度も会わずに全てを破局にしてきた長男が、
いったい何を目的としてそのような行動に行き着いたのかは、
非常に興味のあるところだった。
連れてきた相手は相手であっただけに、
今更愛やら何やらと、
昔愛娘の紅珠が執筆していた小説の中にあるような理由ではなくて、
彼には目的があって動いたところであると読んでいるが、
それがいったい何なのか流石の史晴にも不明であった。
黎翔と何らかのつながりがあって、
その保護のためかと思って様子を見ていたが、そうではなかった。
史晴は夕鈴が氾家に出入りをしはじめたころから、
夕鈴と青慎の動向を探っているが、
2人ともいたって普通に生活している。
むしろ何も出てこなさすぎて驚くほどに、
2人は善良で真面目で、誠実な人間であり、生活は堅実だ。
特に青慎に関しては水月の性格と仕事の癖をうまく補助しているようで、
よく振り回されずにいるものだと関心しているくらいだ。
夕鈴は黎翔が灌漑工事の際に偵察に出たときに、
おそらく顔を合わせたとの報告もあったが、
それきり彼らは一度も接触がないどころか手紙のやり取りさえなく、
青慎が黎翔から受け取った菓子にも特になにも配合されていないようだった。
なので夕鈴が黎翔との接触という点で利用価値があるとは思えないし、
夕鈴があの一度の接触で国母となる可能性を手に入れたという場合も考えたが、
それは堕胎薬を飲ませても何も起こらなかったためあり得ないという話だ。
水月の様子を観察しても夕鈴に特別な感情を抱いているように見えない。
考えられる理由としたら、
紅珠のためか、
もしくはそんなくだらない考えではないと願いたいが、
自分への嫌がらせかどちらかくらいしか、理由が思い浮かばない。
夕鈴が王宮にいたころなら分からないが、
今となっては黎翔を動揺させる役割も果たせないだろう。
また黎翔がいつまでも水月のことを補佐官として留めておくことの意図も測りかねており、
紅珠が正妃となる可能性もなくなった今、
史晴に必要なのは情報と、次の手段であって、
そのどちらにも貢献しない夕鈴は全く興味の対象とならなかった。
水月には遅れて王宮に入ってきた次男が、
今の史晴の役割を継ぐことになりそうなため、
そちらの地盤を固めるほうが早急の課題である。
邪魔にならなければ水月と夕鈴のことは様子を見るつもりでいる。





水月と夕鈴は氾家の敷地内におり、
夕鈴が見たことのない屋敷の前にいた。
「ここを立て直そうと思っておりますが、いかがですか?」
「立て直すんですか?」
「ええ。
今は使っていないので、
夕鈴の好きにしていいですよ」
「え?!」
この建物は正門から離れており、
庭に背の高い木や植物が多くて夕鈴には都合がよかろう。。
体に負担がかかるので無理はしてほしくないが、
野菜を育てるのが好きなようだから庭が広いところも気に入ってもらえると思う。
「私、ここに住むんですか?」」
「気に入らなければ他を用意します」
「あの、新しく用意していただく必要はないと思うのですが…
空いている部屋を1つもらえればそれでいいです。
というか、むしろ寝る場所さえあれば私に部屋は必要ありません。
どこか夜寝れる場所は残っていませんか?」
「せまい場所でよければ用意はできますが、
屋敷は不要なのですか?」
「いりません。新しい家なんて建てても使い道がないじゃないですか」
水月は夕鈴をじっと見た。
新しい場所のほうが、
見知らぬ人間が入っても露見しにくいと思っての提案なのだが、
夕鈴からしてみるとむしろ怪しまれるという考えなのだろうか。
確かに水月と夕鈴が別の屋敷に住んでいて、
全く接触のないことが家人に明らかな状態で出産を控えるというのは不自然か。
疑われない程度には赴くつもりであったのだが、
夕鈴がそれは都合が悪いと考えるのならそちらに合わせよう。
「分かりました」





青慎は水月と夕鈴の結婚の話を聞いて驚かなかったと言えば嘘になるが、
少なくとも夕鈴は幸せそうだし、
水月のことも好きなので素直に祝福することにした。
最近は王弟の瑛風に付き添って王都にいないことも多いため、
夕鈴のことを心配しなくてよくなったのはむしろ助かる。
黎翔がこのことを知っているのか、探る術がない。
普通結婚となると家に知り合いも親戚も招いて宴をするが、
夕鈴の事情が事情なので、
本当にこじんまりと家族だけで挨拶を済ませた。
岩圭は緊張しすぎて酒が全く進まなかったようだが、
家に帰った後ぼろぼろ泣きながら喜んでいたから、
青慎は会食で進まなかった父のために酒を用意して、付き合って朝まで飲んだ。
一応兄弟になったが水月の態度は一切変わらない。
夕鈴と一緒にいるときにも2人の間に流れる空気は全く変化したように見えなかった。
紅珠は夕鈴と水月という好きな2人にいつでも会えるのを喜んでいて、
創作小説が流行りすぎて忙しくしていたら婚期を逃したと言っていたが、
そろそろ自分も結婚を考えようかというようなことを述べていた。
紅珠は年齢的には若くないが、
相変わらず可愛らしいし、
思慮深くてお淑やかな雰囲気は、
王宮の官吏の間でも時々話に出るくらい評判がいい。
彼女の父親に気に入られることが最低条件のため中々名乗り出る男はいないが、
そのうちひょっこりと相手をつれてくるのではないかと青慎は思っている。
箱入り娘なのにどことなく強かなのは、
瑠霞姫と仲が良いから影響されているのかもしれない。
青慎自身にはまだそのような相手は全くおらず、仕事だけで手一杯だ。
1人身内が結婚するだけでこのように周りの思考にも影響を及ぼすのかと思うととても不思議だった。





黎翔は水月から結婚したという話を聞いたが、
相手のことは詳しく説明を受けなかった。
しばらくして浩大からそれが夕鈴だという情報を提供されて、
あまりに信じがたい事実にその日一睡もできなかったのは誰にも知られていない。
水月が青慎を通じて夕鈴と接触し、
その後黎翔と夕鈴を会わせようとあちこち働きかけていたことは後で明らかになったが、
その先のことは一切知らなかった。
浩大を職務怠慢だと睨んでも、
頼まれてないと一言言われて終わりだった。
確かに頼んでない。
黎翔は夕鈴が王宮を去ってからしばらくは身の安全のために見張りをさせていたが、
青慎が自立してからは一切追いかけていない。
夕鈴が毎日どんなことをしているのかさえ全く知らなかった。
いったいいつの間に水月とそのような関係になったのか、
黎翔の知りえないところで話が進んでいた。
夕鈴はもう黎翔の妃ではないから、
裏切りではない。
しかし水月は黎翔と夕鈴を会わせようとしていたくせに、
どんな心境の変化で夕鈴を妻に迎える気になったのが。
黎翔は夕鈴の表情がくるくる変わるところや、
予測がつかない行動をとても愛しいと感じるが、
面倒なことが嫌いな水月がそういうところに惹かれるとは思えなかった。
むしろぐったり疲れている姿しか想像できない。
もやもやと考えていると水月本人が部屋に入ってきた。
持ってきた報告書は相変わらず綺麗にまとまっており、
黎翔は斜めに視線を走らせただけで署名をした。
次の年にいくつか始めたいことがあるのでそれについて相談し、
水月が一言二言意見を述べてだいたい話はまとまったので、
会議にかけるために資料を作成する流れとなった。
水月は用事が済むとすぐに消える。
礼をして後ろに下がろうとする水月を呼び止めた。
「氾水月」
「はい」
「何か私に話しておくことはないか」
水月は数秒だけ考えるよな顔をしたが、首をかしげた。
「恐れ入りますが、
先ほどお伝えした案件以外にはございません」
「では聞き方を変えよう。
……花は元気か?」
どのような聞き方をすべきか迷い、
この単語を選んだのは少々厭味になってしまうかとは思ったが、
水月の反応を見たいという気持ちもあるのでそのまま返事を待った。
水月は一瞬驚いたような表情をしたが、
先ほどの報告と同じように答えた。
「はい。どうぞご安心下さい。
事が発展した場合は報告いたしますし、
我が王のお望みとあらばその時はいかようにも。
それでは失礼致します」
まるで仕事の報告のような返答に、
黎翔は隣にいる李順に視線を向けた。
「今のはどういう意味だ?」
「仕事の話と勘違いしたようですね。
お妃様が瑠霞姫の訪問に合わせて後宮の花を入れ替えるとおっしゃっておりましたし。
まああの方はほぼご自分で進めるとは思いますが、
氾家のツテがあれば外国のものも輸入しやすくなりますからね。
きっと何か相談されていたのでしょう。
予算の問題もありますから口止めされていたかもしれませんのに、
それを引っ張り出して、王と妃の間で板ばさみとは気の毒なことです」
「なるほど。聞き方を間違った」
「意地の悪いことをするからですよ」
「む…」
未練がましいことをしていないで、おとなしく仕事をしていろという意味か。
黎翔は筆に墨をつけなおし、
目の前の書簡の山に意識を戻した。






やはり黎翔は夕鈴の状態のことを知っていたらしい。
夕鈴が水月の家族となってから、
ほとんどの時間を家か庭ですごし、
どうもあとは友人の家ぐらいにしか訪問していないと聞いて、
黎翔との関係がどうなったのか案じていたのだが、
黎翔はむしろ夕鈴の体調を慮って会いにこなかったのだ。
氾家の造りが忍ぶには好ましくないというのなら、
水月のほうで都合をつけるつもりであったがその必要はないらしい。
5つ月を越えれば多少の遠出も可能という話であるから、
そのとき黎翔にまた報告して、
可能であればどこかで2人で過ごせるように準備しておこうと思った。
新しい企画がいくつか立ち上がることになったので何人か人を選び、
それぞれに声をかけておく。
水月にとっては、
黎翔が事態を把握しているということが明らかになっただけで、
すっかり肩の荷が下りて、
今日はとても気分がよかった。
これだけ終わったら家に帰ってのんびり弦のはりかえでもしよう。
あと1人に資料を渡したら帰宅だと思って足取り軽く歩いていると、
廊下を塞ぐように仁王立ちしている柳方淵に出会った。
「……」
「やあ。
機嫌悪いね」
もともと愛想のよくない顔をしてはいるが方淵は今日はさらに不機嫌そうだった。
「帰るのか」
「そうだけど、何か用?」
「いや…さっさと帰れ」
方淵がそんなことを言うのは珍しい。
部署が違うため以前のように水月に対してなにか言ってくることは少ないが、
それでも水月が1人王宮を後にしようとすると良い顔はしないものだ。
「おい。
…貴様、一言も話がないのは不義理ではないか」
「え?」
「もういい」
どすどす音を立てていなくなってしまったので、
水月は方淵が何を言いたかったのかよく分からなかった。







水月が家に帰ると、
部屋の中になにやら箱が溢れかえっており、
その中心に夕鈴がいて、ものに押しつぶされそうになっているため慌てて救出に入った。
「どうしたんですか!」
夕鈴を箱と布の塊から抱き上げると、
水月を発見した夕鈴は嬉しそうだった。
「水月さん、おかえりなさい」
「いったい何があったんです」
よく見ると夕鈴を取り囲んでいるのは反物や敷物などの布類であって、
夕鈴は広げて楽しんでいるだけのようだった。
「今朝水月さんが出仕してから届いたんです。
柳家からですよ。しかも方淵殿からの手紙付き」
まだ封の開いていない手紙を見せて、夕鈴は笑った。
「手紙?」
水月が中を見ると、
一番有名な婚礼の祝いの詩が、
方淵にしては雑な筆で書かれている。
帰り際に言いたかったのはこのことか、
と自分のことを睨んでいた方淵の顔を思い浮かべた。
「律儀ですね」
家が対立しているとはいっても表向き冠婚葬祭の折にはお互い顔を出すものであるため、
確かに全く連絡なしというのは規則に反するか。
一応明日謝罪しておくことにしよう。
「こんなに綺麗なものばかり、誰が選んだんでしょうね」
夕鈴は透け感のある紗を広げた。
金糸が織り込まれているのか光を浴びると様々な表情を見せて輝く。
確かに柳家の趣味にしては女性らしい。
「どれか気に入りましたか?」
「はい。
この色、水月さんによく似合うと思います」
夕鈴が手にとったのは女ものの反物なのだが、
そんなことはおかまいなしのようだった。
「そう。では何か仕立ててもらいましょうか」
「本当ですか!
じゃあ後、これとこれ!
こっちは肌触りが良いから部屋着がいいです。
あと、この髪留め。明日は私に結わせてください」
「夕鈴、自分のものは?」
「私はよく分からないし、必要ないです」
「そんなこと言わないで。
なら私が選びます。この色は?」
先ほど夕鈴が手にとった紗と同じ手触りの、薄い紅色だ。
ふわりと頭からかぶせるとくすぐったいのか夕鈴はくすくす笑っている。
あまりに量が多いので、
ひとつひとつ開けて見ていたら弦をはりかえる時間などはなくなってしまった。




夕鈴には夕鈴の部屋があるのだが、
広すぎて落ち着かないと言うから、
水月はできるだけ夕鈴の部屋で過ごすようにしていた。
寝る前には自分の寝室に戻る。
しかし今日は夕鈴の部屋に荷物を全て置いてしまっているため、
夕鈴は水月の部屋で寝ると言い出した。
「…それはどうかと思いますが」
「どうしてですか?」
どうしたもこうしたもなく、
黎翔に見つかったらどうするのかと目で訴えてみるが、
夕鈴はひたすらまっすぐ水月を見ている。
表向き夫婦をしている以上、
避けては通れない道かと覚悟して、水月は夕鈴に従うことにした。
「おやすみなさい、夕鈴」
「おやすみなさい」
寝台の中で自分ではない人間の体温を感じるのは、
とても妙なことだ。
弟が本当に幼かった頃、
一度か二度勝手に潜り込んできたことがあった気もしなくもないが、
そんなことは遠い記憶のかなたにあって覚えていなかった。
「水月さん、寝ちゃいました…?」
水月は夕鈴が自分の指を握ったのと感じた。
少し冷たくなっている。
「いいえ。どうかしましたか」
寒かっただろうか。
体が冷えるのはよくない。
少し距離を縮め、水月は夕鈴の方に向き直った。
暗くてお互いのことは全く見えないが、体温で近くにいるのは分かる。
「抱きついても良いですか?」
「…?どうぞ?」
そんなに寒いとは思わないのだが、
夕鈴の部屋に寝具を増やしてもらったほうがいいのだろうか。







「ひっ…!」
朝起きて他人の顔が目の前にあるというのは衝撃的である。
夕鈴は思わず後ずさりしたのだが、
昨日水月と一緒に寝ると言い出したのは自分であったことを思い出して落ち着くことにした。
夫婦になっても部屋が違うのは王宮でもそうだったので、
貴族はそれが普通なのだと思って受け入れたのだが、
仮面夫婦をやっているわけでもないのに、
水月が寝る前に必ず自分の部屋に戻ってしまうのは少し寂しかった。
夕鈴は子どもが好きなので、
もう初産としては若くはないけれど望みがないわけではないし、
考えてほしかった。
水月は長男なのだが、
跡継ぎのことなどについて夕鈴になにか言ったことはない。
もしかして家督を継ぎたくないから息子ができたら困るとか、
そういうことなのだろうか。
だとしたらそれを聞いておくべきなのか、夕鈴は迷っていた。
隣にいる水月は全く起きる気配がなくすやすや寝ている。
肌は夕鈴より綺麗だし、
頬に触れると滑らかだ。
対して夕鈴の肌はそんなに柔らかくないし、
日焼けを気にしないせいで乾燥してしまっている。
外から差し込んでくる光はまだ穏やかで、
もう少しこの幸せな時間を楽しんでも良いだろう。
もぞもぞと水月の腕の中に戻って、もう一度夢の中に戻ることにした。





「……っ!」
どういうことだ。
水月は自分の寝着をつかんでいる女性を見て、
一瞬呼吸を止めた。
そして昨夜の出来事を思い出し、
どういういきさつで今の状態なのかがはっきりしたので落ち着きを取り戻した。
夕鈴は寝具を蹴り飛ばしてしまったらしく、
昨日寒がっていた割りには足しか隠れていない。
いつも水月よりずっと早起きのはずだが、
今日はめずらしいこともあるものだ。
寝具を直しながら夕鈴の腹部に目をやる。
もうそろそろ目立ってきてもいいころの気がするが、
特に変わらない気がした。
少し顔は丸くなったので、
だいたいこんなものだろうか。
水月は妊婦を見たことがなく、
何に気を遣ってやればいいかも分からないし、
どういう状態になるのかも詳しくは知らない。
家にいる薬師に夕鈴の体調について尋ねてばかりいたら、
いいかげん嫌そうな顔をされるようになってしまった。
初期の頃の具合の悪そうな表情はしなくなって、
最近は穏やかに過ごしているようなので安心している。
「んん…」
夕鈴の目がうっすらと開いた。
「おはようございます、夕鈴」
「…水月さん?」
「こんな時間まで寝ているなんて珍しいですね」
「ん…水月さんがいるからです…」
夕鈴は水月の手を握って、ほとんど独り言のように何か呟いていた。
寝坊癖が移ったという意味ならずいぶん失礼な話だと思った。
「くしゅんっ」
夕鈴が小さくくしゃみをしたので、
顔まで覆ってやった。





その日から夕鈴は毎晩水月と一緒に寝るというので、
寒いなら寝具を厚くしてもらうし、
この寝台が好きなら譲ると提案したのだが、
そういう意味ではないと却下された。
どうしたものかと悩むところだが、
一緒に寝たからといって何かあるわけでもないし最後は水月が諦めることになった。
横になって一言二言会話をして、
夕鈴は手を繋いで寝るのが好きなようだったが、
翌朝になると好き勝手な方向を向いている上に寝具は床に落ちているか、
投げ出されてくるまっているのは水月だけになっている。
夕鈴の体が冷えるから何か対策を考えなくてはならない。
うつらうつらしながらもいつまでも横になっていたがる水月と違い、
夕鈴は基本的に早く起床し、
さっさと身支度をして外に出る。
あまり動き回らないようにと伝えているのに聞く耳を持たず、
屋敷中を歩いて出会った人間全員に挨拶をして回っているらしく、
水月の知らない使用人の名前も覚えているようだった。
逐一彼らのことを報告してくるので、
記憶力の良すぎる水月も一緒に覚えるはめになってしまった。
名前を呼ぶと彼らはあまりに驚いて茶器を落としたりするので、正直よろしくない。
一通り部屋を回ってから夕鈴は水月のところに戻ってくる。
そのころには水月もなんとなくは起きていて、
ぼんやり座っていたりする。
夕鈴は水月の髪を触るのが好きらしいので、
水月が適当に結っていたのを役割交代することになった。
なんだか普通に幸せに暮らしてしまっていることに、
水月は危機感を感じていた。
朝起きてたまに夕鈴の全く警戒心のない寝顔を見て笑っている場合ではない。
自分と夕鈴は夫婦をするために結婚したわけではなく、
黎翔のためという目的が一致してともに過ごしているわけなので、
きちんと目的を果たさなければ話にならない。
黎翔に報告しようにも何の変化もないため、
なにか聞かれたら問題ないと答えるしかない。






夕鈴が氾家の一員となってしばらく経つが、
夕鈴は水月の態度に疑問を抱くようになっていた。
うまく説明できないが、
王宮で臨時妃をしていたときと同じような気持ちになる。
水月は夕鈴が不自由をしないように気を遣ってはくれるがそれだけで、
他愛もない話をする水月と夕鈴は友人のままだ。
少しでも夫婦らしく振舞うのは他人の前でだけ、というのが、
王宮でのバイトと重なる。
夕鈴は意識して演技をしているわけではない。
けれど水月の距離の取り方には意図的なものを感じる。
だからといって誰に見せる必要があるだろうか。
氾史晴が水月がいつまでも身を固めないことに対して快く思っていなかったという話は聞いたことがあるので、
それに対する対策だとしたら王宮と全く一緒だということになる。
経済的に余裕があれば一夫多妻も可能であるため、
もし史晴の用意する女性が気に入らないのなら、
それに対抗するにはもっと文句の言われにくい無難な女性を選ぶだろう。
夕鈴は水月が自分を横においても面倒が増えるだけだと分かっているから、
ますます混乱していた。
一緒にいると幸せだと思うけれど、
隣で寝ていても友人の域を出ている気がしない。
よく考えてみれば水月は夕鈴のことをどう思っているか、
というのは一度も口にしたことがない。
結婚を提案されたときでさえ、
具体的なようで全く抽象的であって、
家族になって欲しいとは言われたけれど、
夕鈴のことが好きだとは言われてない。
今更好きだ何だとそんな言葉にこだわるつもりはない。
しかし水月から、
夕鈴に何をしてほしいか何も言われないのも気がかりだった。
夕鈴は自分に求められている役割が何か分からない。
もし夕鈴のことを妻として迎える理由が、
夕鈴個人への気持ちではないのなら、
他に理由はないのだろうか。




「水月さん、なにか私にしてほしいことありません?」
「…してほしいことですか?」
悩んでも自分の頭から答えが出ないことは分かっているので、
夕鈴は水月に直接聞くことにした。
「特にありません」
「なんでもいいんですけど、ないですか?本当に?」
「うーん…強いて言うなら体に負担がかからないようにしてほしいです」
「むしろなまけすぎて体調崩しそうですけど」
夕鈴はただ家にいるのも退屈なので最初は家事をしていたのだが、
水月が何回もやめるように言ってくるので、
今ではお茶を淹れるくらいしかやることがない。
その仕事でさえ水月が一緒にいると奪われてしまうため、
夕鈴はなにかやることを探すのに必死だ。
仕方がないから使用人たちに指示を出して、
いかに効率よく作業を進められるか考えているところだ。
彼らは皆気の良い人たちだけれど、
家の主人が見ないところが投げやりになっていることがないこともないので、
そういうところは指導し直している。
今まで台所や倉庫に立ち入ってくる家の人間はいなかったようで最初は驚かれたが、
毎日挨拶して顔と名前を覚えてからは、よく相手をしてくれる。
ただし一緒に作業をしていると水月が困った顔をするので、
働きたいときはこっそりと行っている。
主の足音が聞こえたら警告を出してくれるのも使用人の仕事となっていた。
水月は、夕鈴はなにもしなくていいですよ、と微笑みだけだった。
こんな人形みたいな扱いでは、
後宮にいるときと同じではないか。
「……わかりました」
これ以上不満をいってもしょうがない。
やはり自分からできることを探すしかないようだった。





紅珠が遊びに来ているので、
久しぶりに夕鈴が料理を作ることにした。
水月は体が冷えるから水を触らないようにと言うのだが、無視だ。
出産後の妊婦でもないのに水月は心配しすぎだと思う。
「う、」
食事の途中で、夕鈴は口元を押さえた。
腹痛を伴う風邪でも引いたのか、
どうも食欲がない。
作っている最中は気にならなかったのに、
座るとだめみたいだった。
お腹がごろごろするのでさすると少し楽になる。
「夕鈴様、大丈夫ですか」
仲良くしている使用人の1人が寄ってきて尋ねる。
夕鈴は青い顔をしたまま微笑んだ。
「心配かけてごめんなさい。
なんでもないのよ。
ちょっと気持ちが悪いみたい」
「顔色も悪いですわ」
「そうね…風邪を引いたのだと思うわ」
「熱っぽいのですか」
「ほんの少し」
「食欲もないようですし」
「いつもよりはね。
でもこれくらいがちょうどいいのかも」
心配をかけないようにと冗談を言うが、
使用人は笑いもせずに真剣な表情だった。
「恐れ入りますが、夕鈴様、もしかして…ご懐妊されたのではないですか?」
部屋中がしん、と静まり返った。
「え?!!」
そんなわけがない。
さすがに夕鈴もどうすれば子どもができるか知っているし、
子どもができるようなことは今まで1度も行ったことがない。
どこかの聖母のように奇跡が起きたわけでもなければありえない。
本当にない。
だってついこの間まで、月のものが来ていて貧血になっていたのだ。
ガタ、と机が揺れた。
紅珠が目に涙を浮かべている。
「おめでとうございます、夕鈴姉様」
「ちょ、ちょっと待って紅珠、それは違うと思うわ!」
「夕鈴姉様と、水月兄様のお子様…
どちらに似ても天使のように可愛らしいに違いありませんわ!」
「紅珠、だから違うって…
水月さんもなにか言ってください!」
夕鈴は勢いよう水月の方を振り向いた。
水月なら、夕鈴が妊娠しているはずがないと知っている。
しかし、水月の口から出た言葉は予想外であった。
「家族が増えるのは嬉しいことですね」
しかもほっとした顔をしているのはどういうことだ。
「…?!」
「ああ、そうだ。
父上に報告しなくてはいけないね。
紅珠、夕鈴のことをよろしく」
「はい、兄様」
水月はさっさと席を立って、部屋を出て行ってしまった。
夕鈴は慌てて水月を追いかける。
紅珠に呼び止められたがお構いなしだ。
「水月さん、ちょっと待ってください!」
夕鈴が必死に追いかけると、水月は少し速度をゆるめた。
「どうしました?
あまり激しく動くと体に障りますよ」
夕鈴は気付いたときには水月の頬を思いっきりはたいていた。
「そういう冗談は嫌いです。
一度も私を抱いたことないくせに」
夕鈴の瞳から、ぼろぼろと涙があふれ出てきた。
「…水月さんのばかっ」
夕鈴は踵を返し、先ほど来た道を走っていく。
どうせ荷物はこの家で与えられたものばかりだ。
青慎からの手紙だけ持って出て行ってやる、と心に決める。
呆然としていた水月は、
少し遅れて夕鈴を追いかけた。
夕鈴は全速力で走っていたが、すぐ追いつかれた。
「ちょっと待ってください」
腕を握られた。
逃げようと必死になるが、振りほどけない。
「話しかけないでください。
いいです、もう。
出て行きますから。
水月さん、最初から私のことなんて好きじゃなかったんでしょう。
もしかして、王宮にいるときからずっと嫌いだったんですか?
だからってこんな時間をかけた嫌がらせしなくたっていいじゃないですか!
最低です」
夕鈴の意思とは関係なく、涙がどんどん溢れていく。
「それは誤解です!」
「じゃあなんで、
一度も触れてくれないくせに、あんなこと言うんですか!」
思いっきり怒鳴ると、水月は焦ったように答えた。
「夕鈴、子どもがいるのではないのですか」
さすがにこの返答には夕鈴も頭の血管がいくつか千切れたかと思った。
水月の頬で無事なほうを思いっきり、今度は握りこぶしで殴った。
「なんで水月さんが抱いてくれないのに子どもができるんですか!
あんだけ一緒に寝ててなにもしてないくせに!
コウノトリが運んでくるとでも思っているんですか?
それともキャベツ畑で見つけるんですか?!
ばかじゃないの!」
勢いのままに怒鳴ると水月のほうが動揺しているように見えた。
「いえ、そうではなく…陛下の御子ですよね?」
「はあああ?!」




水月と夕鈴は、お互い立ったまま向かいあっていた。
「ちゃんと説明してください。
なんで私が陛下の子どもを身ごもるんですか。
私のことなめてるんですか。
水月さんがいるのに、そんな不誠実なことする人間だと思っていたんですか?
水月さんのことを、ちゃんと愛してないと思われてたんですか?
こんなに一緒にいるのに、私のこと、信じてなかったんですか」
「いえ、そういうことではなくて…」
夕鈴は水月の戸惑いの表情を見て、一気に冷静になった。
この人は、悪いと思ってない。
自分のやったことがずっと正しいと信じていた顔だ。
「なるほど…今分かりました。
最初から私と陛下が愛し合ってると思ってたんですね?
王宮を出て10年以上も経っているのに!
なんでいつまでもよそよそしいんだろうって思ったたんです!
何考えてるか分からなかったけど、そういうことですか!
なんて浅はかなんですか!
水月さん、
私はちゃんと、水月さんと一生を添い遂げようと思って、
ここに来たんです!
水月さんが周りにどんなことを言われるかとか、
幸せにしてあげられるかなとか、
仕事の助けにはならないけど、どんな手伝いならできるかなとか、
色々考えたんです!
陛下へのあてつけでもないし、
浮気をするための安全な小屋を探していたわけでもありません!
私のこと、見くびらないでください。
もし本当に陛下と子どもを作ったなんてことがあったら、
そんな状態で、水月さんの親切に恩を仇で返すような真似は絶対しません。
水月さんのことも、陛下のことも、子どものことも裏切るような、そんな方法は絶対選びません」
せっかく乾いた涙がまた流れてきた。
馬鹿みたいだ。
いい夫婦でいられるように、
今度こそ偽者ではなくて、
一緒に幸せになれるようにと毎日相手のことを考えていたのに、
水月は、夕鈴のことを信じたことなどなかったのだ。
黎翔のために水月を利用していると、ずっと思われていた。
だからいつまでも距離が遠くて、王宮にいるときと同じような関係でしかなく、
傍にいても触れることがなかったのだ。
「ひどいですよ。
私は水月さんのこと、好きなのに!
ばか、水月さんの馬鹿!人でなし!本当に馬鹿!」
「夕鈴、ごめんなさい。
反省します」」
「水月さんは本物の馬鹿です」
「…そのようです」
「もう許しません!」
ずっと一緒にいたのに、本音で怒鳴ったのは今日がはじめての気がする。
一通り怒鳴ると少し落ち着いてきた。
「夕鈴」
「なんですか。
言い訳ならどうぞ?」
「いえ…本当に、なんというか、
勘違いをして申し訳ありません」
「それ本気で謝ってます?
私にはもう水月さんの言葉はなにも信じられません」
「そんなことは言わないで」
夕鈴はふん、と視線をずらした。
水月はしばらく考え込んで、
それから夕鈴の手を握った。
「もう一度最初から、
やり直してもいいですか」
これだって突っぱねてもよかったのだ。
しかし小さく震えているのを感じると、
冷たくし続けるのにも疲れてしまっていた夕鈴には難しく、
しょうがないですね、と笑ってしまった。








瑛風は、目の前の穏やかな男にそんな過去があるとは信じられず、
話を聞いてぽかんとしていた。
水月は、兄の黎翔が国王であった時代からいつでもにこにこしていて、
何かに取り乱したりという姿は見たことはなかった。
水月の妻には会ったことはないけれど、
ずいぶん元気が良いようで、
彼女を知っているらしい方淵は名前を聞くと顔をしかめる。
「氾大臣でもそのような盛大な勘違いをすることもあるのですね」
「ええ、お恥ずかしい話です。
とはいっても人生でその1度きりですよ」
きっと今は仲が良いのだろうなあと、水月の微笑みを見ていると推測できる。
遅くなったが、妃を迎える瑛風の不安を拭うためだけに、
こんな話をしてくれるとは驚きだ。
多分瑛風以外はだれも知らないだろう。
もしかしたら、誰かに話がしたかったのかもしれない。
隣で聞いていた青慎もぽかんとしている。

どんな失敗をしても、
時間が経てばこうして笑えるようになるのだろうか。
それくらい自分のことを信頼してくれる人だといい。
そして、自分も、彼女のことを心から信頼できますように。










ーーーーーーーーーーーーーー


本編の水月さんはここまでアホではないと分かっていながら
水月さんがもし夕鈴の結婚する道を選ぶとしたら、
陛下以外の理由はないな、と思って話を進めてまいりました。
ニセモノ感が半端ないところは反省いたします。

水夕ということで需要ねーわwとセルフツッコミしつつ毎晩カタカタやっておりましたが、
意外にも見てくださっている方がいるので、全くダメなカップリングではないことに安心しました。
また水月さんが主役の話を・・・だれか書いてください。
自分でかいてもふりかけにもならずごはんがすすまないのでよろしくお願いいたします。
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next氾大臣来たーーーーー!!

いろいろ感想ありましたが
水月さんが「氾大臣」になっていることに
すべてを持っていかれました!イイ!
ここで柳大臣は方淵ですかね、それともやはり経倬様なんでしょうか?!

ボケたらボケっぱなしで誰もツッコむ人がいないギャグはわりと好きです。
水夕でも、その向こうにある黎夕の影、青慎の存在感、そして今回は真面目に大ボケな水月さんと、多方面から楽しむことができました!
うりうりさんの経倬大臣にふきました。乱世でなく泰平の世の大臣なら、方淵よりもあのぐらい大まかな人のほうがみんな楽しめるかもしれませんねw

…というのは置いておいて、夕鈴が水月さんをぶん殴るシーンでいいぞもっとやれ!と思いました。やっぱりがんばる夕鈴って狼陛下の醍醐味だなあと。バカな男たちはみんな夕鈴に説教されて目覚めればいいと思います。

今回の一番のイケメンは青慎です(´v`*)
うりうりさんへ
こんにちはー!!
柳大臣はどうなんでしょう想像におまかせします!
結局まわりの人間とのバランスだと思うので国王がだれかというのと、
その近くを固めている人間によって方淵でも兄でもいいかなあと。
国が広くなったら王都から遠い土地を管理する人間も必要になってくると思うので、
方淵は陛下が退位したと同時に中央からいなくなってもいいし、
陛下の残したものを守ってもいいしどちらでも妄想が広がります!

経倬様は部下に育ててもらえれば人はいいと思いますから、
遅咲きで活躍してくれたらいいなとは思ってます。
ともこさんへ
こんにちは!
最後まで見てくださりありがとうございます。

経倬様全然出てこないのにすっかり話題にw
こういうところが強いと思うんですよねー
だから黎翔陛下の下じゃなければ彼は部下をうまく配置すれば使えるんじゃないかと思ってます。
黎翔陛下とは相性悪そうですが;

夕鈴は健気と思わせておきながら、本当に男がバカなときは殴って更正させるくらいはできる娘かもしれませんので、本誌でも強い夕鈴を楽しみにしながら再会を待ってます!

最近の青慎は本誌でもイケメンですしほんと!成長が楽しみですね!
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secret


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